シュテルンケさんが持っているのが、出版予定の本のダミー。書名は「HAFERLSCHUHE」とある。「ハーフェルシューエ」は、ドイツやオーストリアの山間の地方で履かれる伝統的な靴のこと。ベアトルさんが手に持っているのが、ハーフェルシューエの典型的スタイルの一つ。またシュテルンケさんが本のダミーと一緒に持っているスケッチブックには、ドイツの古典書体で「二重縫いの靴」と書いてあるそうだ。すくい縫いと出し縫いをするウエルト製法を意味している。そして、この文字を書いたのは、ベアトルさんだ。
people and talk
Posted on 2012/04/18
ベアトルさんとシュテルンケさん
靴製法解説書を企画中。いい本、作るよ!
「ドイツ人の国民性」とネットで検索してみた。「厳格」「誠実」「生真面目」というのが、大方の結果。やっぱり…。
というのは、筆者が知っている、靴絡みのドイツ人は、偏執的なくらいにネツイ。ドイツ人はそういう性向を持っているのか、確かめてみたくなった次第だが、靴に関わる人の共通点なのか、それとも「生真面目」の裏返しなのだろうか。
3月にデュッセルドルフで開催された靴見本市、GDSに行った際、その最たる二人に一緒に会ってしまった。こんな偶然、滅多にあることではない。
一人は、ベアトル・クレチャさんと言う。靴職人であり、靴の企画者。ミュンヘンでショップ兼工房「シュー・ベアトル」を営むが、活動は実に広範(のようである)。インドの靴工場にグッドイヤーの靴を作らせたり、展覧会を仕掛けたり…。会う度に弾丸のように次から次へと飛び出す話から想像する彼の活動は、この人の仕事は何なのだろうかと思ってしまう程だ。
ライフスタイルは、まさしくバイエルンの人、バーバリアン。いや、野蛮人ということではありません。バイエルンの自然を愛する自然人という意味。バイエルンの民俗衣装の革パンツを愛用し(かなり長い間、洗っていないらしい)、そもそも靴を作るようになったのも、自然との共生という考え方が背景にあるようだ。(写真のどっちがベアトルさんか、説明しなくても分かっていただけたと思う。)
そして近年、熱心に取り組んでいるのが、ワンピースシューズ。通常、靴のアッパー(甲部分)はいくつかのパーツに切った革を縫い合わせて作るが、一つのパーツで出来た縫い目のない靴のこと。ベアトルさんは、いくつものワンピースを作っているが、とっておきのものがある。下に写真を紹介したので見て欲しい。
もう一人は、ヘルゲ・シュテルンケさん。日本の靴事情を知りたいということでコンタクトがあり、知り合うところとなったのだが、なぜ日本の靴事情かと言うと、靴本を書こうとしているから。そして、その本の構想を聞いて驚いた。一体何ページの本になるのか?!さらに本業は財産管理、つまりファイナンシャル・プランナーと言うから、二度びっくり。靴で困っている友人を見かねて靴屋を聞いて回ったが、満足に答えられる靴屋がなかった。この世界にはプロがいない。ならば自分がプロフェッショナルな情報を提供しようと、本を書くことを思い立ったのだそうだ。
その本が、下の写真。題して「Alles über Herrenschuhe(紳士靴のすべて)」。総ページ数560ページ、厚さ約45ミリ、重さ3.5キロ。もちろん持ち歩いて読みなんて出来ないし、立ち読みもつらい。机に広げて、じっくり見て、読む本だ。
しかし、善くぞ出版した。日本と欧米の出版文化は違うが、日本だったら、OKを出す出版社は、まずいなかっただろう。
それで、なぜ二人が既知の間柄になったか。取材だ。靴のことを聞くために、ボンに住むシュテルンケさんが、ミュンヘンのシューベアトルを訪れた。二人は初対面で意気投合し、靴話は尽きることがなく、夜っぴで話し込むことになったそうだ。
そんな二人が一緒のところに出会してしまったのだ。
ベアトル おお、何という偶然だ。しかしまあ、いいところに来てくれたものだ。おい、ヘルゲ、あれを見てもらおう。
シュテルンケ いきなりかい、挨拶くらいさせてくれよ。お久しぶりです。お元気でしたか。
ベアトル 以前に話したことがあっただろう。靴の作り方をまとめた本を出したいっていう話さ。今、ヘルゲと二人でまとめようとしているんだ。
シュテルンケ これです。いや、ダミー、見本です。こんな本が作りたいんだということが分かってもらいたくて、ほんの少しだけ掲載予定のイラストを入れて、作ってみたんです。
ベアトル この通り、後の方は、真っ白さ。でも、この靴のイラストレーション、美しいだろう。それだけじゃない、正確。自分が会得した様々な製法を、知り合いのイラストレーターに頼み、書きためてきたんだ。それをまとめ、製法の解説を付けて本にしたいということ。
シュテルンケ それで、日本の靴会社は、こういう本に興味を示さないでしょうか。
いや、スポンサーというだけではなりません。いろいろ協力をしてもらえないかと。
ベアトル 二人でいろいろと考えているんだよ。細かいことが決まったら連絡する。是非、頼む。
ところで俺、最近、店を一つ、売ったんだ。これが、意外にいい値で売れてね。(ニヤニヤ)だから、そろそろリタイアしようかな…。
シュテルンケ 何を言い出すかと思えば、君が、靴から離れられる訳ないじゃないか。
ベアトル やっぱり、そうかな。
シュテルンケ 君のワンピースの婦人靴、知り合いのために作ってもらっただろう。仕事で履き続けても、痛くならないそうだ。
ベアトル 当たり前だ、ワンピースはいいんだ…
話がどんどん展開して行ってしまいそうなのだ。この辺で失礼した。
彼らの出版企画に興味に覚えた方がいらしゃったら、是非、連絡を。そして出版されたら、このページで紹介します。
ベアトルさん作のワンピースシューズ。しかしこれは販売しているものではなく、中世の製法を再現し、特別に作ったもの。牛の脛部分を皮をくるっと剥がして鞣しており、革自体がワンピース。それを用い、山岳用のブーツに仕立てた。
シュテルンケさんが著した「「Alles über Herrenschuhe」(2006年、Nicolai Verlag Berlin刊、ISBN978-3-89479-252-7)。第一章「靴について語ろう」、第二章「より良い靴」など八章から成り、美しい写真も一杯だ。表記はドイツ語のみ。