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Posted on 2012/03/01
靴をファッションとして楽しむために
靴ジャーナリスト 大谷 知子
あのヒール、10㎝はあるな…。
高さではない。靴の踵と足の踵の間が指2本入るくらいのすき間がある。そんな状態で、10㎝ヒールのパンプスを履いて歩いていることに、首を傾げてしまうのだ。
ここ数年、こんな状態で靴を履いている女の子を見掛ける機会が多くなっている。
足と靴のフィットは、靴を履く基本要件だ。特にハイヒール、しかもベルトなどの留め具がないパンプスの場合、靴の踵が足の踵をきちんとホールドし、かつ靴と足のアーチが合っていないと、傾斜のきつい台の上に足を置いているのと同じようなことなので、足は前に滑る。なおかつ、歩き時に足は前に伸びるので、前滑りはなおさらだ。
それが、踵に指2本が入る状態なのだから、靴の中で足は正しい位置には留まらず、爪先で靴を引っ掛けて歩いているような状態。靴が脱げずに歩けているのが不思議なくらいで、爪先は靴のトウに当たり、足の前半分に荷重が掛かる。
こんな状態で靴を履いている子は、流行のファッションで決めている場合が多いが、見掛けのカッコ良さに反して、実は1時間も歩かないうちに足の裏がジンジン痛くて堪らない。そんな状態に違いない。
また、交差点で信号待ち。青信号に変わり歩き出した、すぐ前を行く女性の足元は目に入った。あれ、おかしい?!靴を履いた足が地面に着くと、ヒールがぐらぐらっと揺れるのが分かる。こんな靴を履いていて、大丈夫なのか…。
大丈夫なはずがない。ぐらぐらするのを、履いている本人は意識していないのかもしれないが、体は確実に感じている。そして、バランスを取るために、あっちの筋肉、こっちの筋肉を微妙に動かし調整をしている。その動きは体に無理をさせるということなので、長い間には、足の骨の並びが崩れて変形、また膝痛や腰痛を引き起こす。
一体なぜ、こんな履き方、こんな靴が増えてしまったのだろうか。
靴売場・買い場多様化の功罪
靴は、ファッションの一部だ。
その認識が高まっているということなのだろう。近年、靴の売場、あるいは靴の買い場が多様化している。
靴専門売場は減る一方だ。そして、それに反比例するように服のブティックや雑貨店での靴の扱いが増えている。靴を中心にしたファッショングッズ専門ショップも、珍しい存在ではなくなっている。
こうしたブティックで扱う靴は、靴専門売場よりも、デザインが気が利いている。服とのコーディネートで見せている例も多いので、余計に気が利いて見えるし、説得力もある。靴専門売場での購買が減るのも、頷ける。
しかし問題は、こうした売場では、靴の位置付けは、歩くための道具以前にコーディネートの一環としてのファッショングッズであるということだ。
その認識は、勢いサイズ展開に表れている。靴専門売場以外のすべてとは言わないが、S、M、L展開が目立つ。
靴が足にフィットしたものであるために、サイズは非常に重要だ。サイズ展開は細かければ細かいほど、足に合いやすくなるが、販売する側にとっては、在庫リスクを強いるので負担になる。例えば22.0㎝から5㎜刻みで24.5㎝まで揃えると6サイズになるが、S、M、Lの3サイズにしてしまえば、在庫は半分で済むのだ。
グッズという認識は、歩くための道具という認識を薄れさせ、それに在庫リスクがからむと、S、M、L展開を容易にする。
そして買う側にも、歩く道具という意識はなく、靴が足に合っていることに対する認識が甘い。
また、グッズという認識は、歩く道具という観点での靴づくりを退ける結果をもたらす。ここに製造コストがからみ、今やファスト・ファッションの時代であるから、歩く道具としての靴づくりは、余計に退けられる。
そしてあってはならないことだが、靴が歩く道具であることを認識していて当然の靴専門業者も、易きに流れ、本来の靴づくりをおろそかにする傾向が進んでいるように思える。
こうした状況が、かぱかぱのハイヒールで闊歩する女の子や歩く度にヒールがぐらつく靴を生み出しているのではないだろうか。
かく言う筆者は、カッコいい靴が好きである。カッコ悪い靴は、履きたくない。
しかし、カッコいい靴を履くには、足が健康でなくてはならない。足が変形したり、足の機能が損なわれたりしたら、カッコいい靴が履けなくなる。
足は、全身を支え、その足を支えているのは、靴である。それを知らないと、靴をファッションとして楽しめなくなってしまう。
そういう視点に立ち、これから毎月、足と靴について書いて行きたい。